他人の母親を羨ましがる日々
夕飯やお弁当には愛情が表れると思う。
私の母親も一応は弁当を作ってくれていた。美味しいと思ったことは一度もなかったけど。
高校の頃、エレベーターの開くボタンを押さずに一度母親をエレベーターの扉に挟んで閉まったことがあった。その事に物凄い怒りを感じた母は私の弁当を作らなくなった。お昼代も渡されないから小遣いの5000円で食堂のパンを買うしかなかった。
弟が高校に上がったとき、弟の弁当のおかずの数に驚いた。私の弁当との差が目で見てわかるほどだった。
まあお弁当を作ってもらえない子どももいるし、小遣い貰えない子供だっているしまだマシなのかなと思って諦めた。
母は料理が嫌いで、夕飯も美味しくなかった。食べるものが他にないから仕方なく食べる感じ。
夕飯は魚を焼いただけとかきゅうり切っただけの料理と呼べないものが多かった。
子供の頃、コンビニのサンドイッチやおにぎりの美味しさに驚いたことがある。社会人になった今は美味しいお昼をコンビニで選べるから結構うれしい。
あの惨めな弁当を人に晒すこともなくお昼を過ごせるのだから。
母は私に関わる嫌なことがあると、私が意図的に母に嫌な思いをさせようとしているのだと思い込む。
何をしたかは思い出せないけど、私は母に何かしたのだろう。母は私に何かされたと思ったんだろう。
中学生の頃、母と喧嘩した次の日から私の洗濯物だけ洗われずに床に置かれていた。
父と母と弟の洗濯物だけが洗濯機の中で回っていた。
母は母親というよりすぐ当たり散らすヒステリックで邪魔な女だった。